タトゥーの歴史

タトゥーは日本では刺青と呼ばれることもあり、一部の人にとってはファッションとして認知されています。といっても一般的に普及している訳ではなく、どちらかと言えば忌避される部類であるといえます。

そんなタトゥーですが起源はかなり古く有名なものではアルプスの氷河で発見された5300年前のアイスマンの皮膚から墨で描かれた文様が見つかっています。

タトゥーと聞くと皮膚を傷つけ染料を流し込むということで難しい技術が必要だと思いがちですが実はそうではなく、その辺の植物で怪我をした際に皮膚に植物の染料が流れ込み色づく、そんな簡単なことで出来上がるものだったんです。

そういう理由で大昔からタトゥーという技術は存在していたのですが、その後もタトゥーというものは様々な場面で利用されていきます。一度タトゥーを刻むと簡単には消えない、という点を利用して戦時中の兵士が身分証明として体に自分の名前を刻んでおく、ということが行われていたそうです。

その他にも囚人や家畜の管理のため、ともっぱら身分を証明するために利用されてきました。そんなタトゥーですが1960年末のヒッピー文化(麻薬嗜好やカルトへの帰依)が世界的に流行することで日本にもやって来ました。

当時の団塊世代の子供達、第二世代ヒッピーと呼ばれる人達以降の世代によってタトゥーはファッションとして日本に取り入れられていったのです。ヒッピー文化の流行によるものということで元々は宗教に関する梵字やオカルト関係の図案が好まれていたのですが現在では特に決まった形はなく、漢字などの文字やアニメに関わる模様などより一層ファッションとしての色が強くなってきているようです。

そんなファッションとしての面を持つタトゥーですがやはり日本では好ましく思われてはいません。それはなぜか。簡単にいえばヤクザや暴力団と呼ばれる人達が好んでタトゥー(刺青)を入れているという認識が強いからです。

テレビでもヤクザものと呼ばれる番組が多く配信され、それによってタトゥー(刺青)=怖い人という認識が世間一般として固着してしまっているのです。実際にヤクザにあったことがある人なんて一握りだろうにヤクザが刺青をしているという認識を皆が持っているのはこのためでしょう。

そういう理由から日本国内においてタトゥーを入れるという行為にはかなりの決意が必要になってきます。法的に罰則はありませんがタトゥーを入れた人は暴力団関係者として認識されることが多いです。

そうなった場合、大抵の場所で入場制限に引っかかりますし契約関係の書類でも問題が生じる可能性があります。そうなると生活にも支障が出ます。そこに至りタトゥーを消したいと行動に移るにしてもここでも決意が必要になってきます。それは消すために掛かる費用と苦痛です。

タトゥーを消すための費用に健康保険は適用されませんので多額の金額が掛かってしまいますし、一度の施術で消えることのないタトゥーを消すためには何度も通院しなければなりません。

当然苦痛も伴います。そこまでしてようやく元通りになるのがタトゥーというものです。海外では問題となっていないタトゥーですが日本では未だに問題とされていますので若気の至りで入れてしまうと後々大きな問題に直面してしまうのです。というわけで日本でタトゥーを入れるには多くの決意が必要となりますのでどうしてもタトゥーを入れたいという人はいっそ日本を出るという決意も持つことが必要だと思います。